離床の話 その① 〜床上安静ではなく離床を行う理由〜

廃用症候群
『内科で働くセラピストの話/OP』

病棟の一角にある細やかな休憩スペース。西日の差し込むこの部屋は穏やかな空気を纏っている。仕事の終わりに微睡むような、そんな時間が穏やかに流れている。

白波はそのドアをゆっくりと開ける。そこには山吹がいつものように座っていた。

白波 百合
白波 百合

先輩!ちょっと教えてもらいたい事があるっす!

山吹 薫
山吹 薫

ん?今度は何をやらかしたんだ?

白波 百合
白波 百合

ちょっとそれは言えないっすけど・・・って何もやらかしてないっす!

山吹 薫
山吹 薫

そうか、それで何が聞きたいんだ?

白波 百合
白波 百合

離床の話っす。

白波は自分の声が少しだけ上ずっているような気がする。なぜだか分からないがちょっと緊張している。そう思った。

そうか。と山吹は手に持つ文献をゆっくりと閉じた。

山吹 薫
山吹 薫

良いだろう。まず離床とは読んで字のごとく床から離れる事だ。

ベッド上から起き上がり、椅子での生活を始め、そして元の生活へと戻っていく。その一連のプロセスとその総称だね。

白波 百合
白波 百合

ふむふむ。ベッド上での生活に順応した体を元の生活に慣らしていく。そんな感じっすかね。

山吹 薫
山吹 薫

君らしくない表現だな。まとまっている。

白波 百合
白波 百合

うへへ。そうっすか?

山吹 薫
山吹 薫

うむ。何だか頭が良さそうに見える。

どういう事っすか!白波は口を尖らせる。その姿を見て、山吹は唇を片方だけ上げて笑みを浮かべた。

山吹 薫
山吹 薫

そして早期離床とは、君の表現を借りるならベッド上での生活に慣れないよう、原疾患の治療と並行して出来る限り早く離床を行う事だ。これは現代では当たり前の治療の一環で、超急性期から僕たちがリハビリを行う大きな意義でもあるんだよ。

白波 百合
白波 百合

なるほど。現代では安静は毒って言うっすもんね。早く元気になって早く家に帰りたいっすもん。

山吹 薫
山吹 薫

本当に君らしくないけれど、そうだな。ベッド上の安静期間が短いほど家に帰れる研究結果は山ほどある。もちろんそれには元々の疾患が軽かったというものもあるだろうけど、何よりも合併症の予防と廃用症候群の予防が行える意味が大きいと僕は思う。

白波 百合
白波 百合

肺炎になったり筋力の低下だったり、あとは深部静脈血栓症等っすかね。

山吹は一瞬目を開いて白波を見た。何っすかと首を傾げると何でもないと首を横に振る。その表情はどこか嬉しそうにも見えて不思議だと白波は思う。

山吹 薫
山吹 薫

君の言う通りだね。ベッド上で廃用症候群を呈さず、合併症を生じなければそれだけ早く座り、立ち、歩けるようになる。それは過去の研究でも証明されている。

白波 百合
白波 百合

ならどんどん患者様の離床を進めて、みんなどんどん良くしなければならないっすね!

山吹 薫
山吹 薫

それは特に急性期や一般病床での命題だね。だけどの例えば回復期病棟でも合併症は起こる。在宅でもだ。その時点で例え急性期ではなくても、急性期のリハビリテーションを行わなければならない。

山吹はじっと白波の瞳の奥を見ている。白波は一度頷いてみせる。

山吹 薫
山吹 薫

しかし何も考えずに離床を進める事はできない。当然各疾患によって禁忌は異なるし、リハビリテーションも治療とするならば、当然過度な処方は毒ともなる。それは薬と同じだ。必ず全身状態を理解しなければならない。

白波 百合
白波 百合

そうっすよね。お医者さんからお薬を貰っても、そのお医者さんがお薬の事を分かっていなかったら不安っすもん。

山吹 薫
山吹 薫

僕らにとって処方できるお薬は運動で、ただベッドから体を起こす事もまた運動なのだから、そのメリットデメリットを知らなければならないね。僕達が専門的な知識が充分で無いのにも関わらず、安易に機械的に離床を進める事はやってはならない。

白波 百合
白波 百合

そうっす!なのでそれを教えて欲しいっす!

そうだったな。と山吹は白波をまっすぐと見た。そう言えば先輩が、こうやってしっかりと自分を見た事はあったっすかね?と白波はどこか気恥ずかしくなった。

山吹 薫
山吹 薫

まずは離床する事で体にどんな変化が起こると思う?

白波 百合
白波 百合

えぇと頭がなんだかしっかりする感じっすかね?

山吹 薫
山吹 薫

そうだな。視線から入る刺激の量、体にかかる重力の影響や触れる感覚、それらは頭をしっかりとさせる。前に話した覚醒すると言った事だな。それで・・・

白波 百合
白波 百合

「他には?」っすよね。もうそれには慣れたっす!筋肉が重力に対して体を支えるように働くっすから筋力が低下するのが防げるっす。

山吹 薫
山吹 薫

ふむ。じゃぁ・・・そこから何が考えられる?

うへっ?と白波は首を傾げる。このパターンは初めてっす。と目を泳がせる。

白波 百合
白波 百合

えぇと・・・早く動けるようになるっす。

山吹 薫
山吹 薫

まぁもうちょっとだな。離床を行うことで刺激の量が増えて意識障害から覚醒する。よってせん妄や認知症の合併を防げる。そして筋力低下が予防できることにより、その結果日常生活での動作が保たれる。

白波 百合
白波 百合

むー。自分が言った事と大体一緒じゃないっすか!意地悪っす!

山吹 薫
山吹 薫

意地悪で結構。だけども何が必要か分かったら、何故それが必要なのか、そしてそこから何が考えられるのかまで思考を進めなければ応用は効かないよ。

台詞とは違い山吹は笑みを浮かべている。白波は進藤から聞いた台詞を思い出す。

白波 百合
白波 百合

ふふん。まさしく鬼や悪魔っすねー!だけど担当変更なんて今更許さないっすから。

山吹 薫
山吹 薫

白波君!何故、それを知っている!?

白波 百合
白波 百合

ふふーん。別にっすー。何故そうなのか、何が考えられるかまで思考を進めるっすー。

山吹は額に右手を当てている。そんなに悩まなくても直ぐに答えは出そうなものっすけどね。と白波は目を細める。こういう所がっすねぇ。と白波は頬杖を付きながら、必死に考えている山吹を眺めた。

白波百合のノート 39

・離床とはベッドから起き上がり元の生活へと戻るプロセスとして表現される。そしてそれが早ければ家に帰れる可能性が上がる。

・早期離床は治療としてのスタンダードにもなってきている。認知症予防や筋力低下予防となる。←他にも色々ありそうっす。

・例え回復期病棟でも合併症を呈した後は急性期のリハビリテーションが必要

・やっぱり休憩室はとても落ち着く。

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